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依存症は立派に人格障害です 

 依存症と聞くと「病的」なイメージが浮かびあがったりする。

 アルコール依存症とかギャンブル依存症とか。

 家族や友人が泣く泣く止めるのを静止して飲み続けたりお金をつぎこみ続けたり・・・な印象とかある。

 でも、
 依存症ってそういうのだけじゃないんだよね。

 カフェイン依存にニコチン依存などの重度のものから、
 マンガ依存にゲーム依存など日常にありがちな、
 「やめたくてもやめられない」状態は立派な依存症。

 他人の世話を焼かずにはいられない、
 他人のことを第一に考えずにはいられない「共依存症」というものもある。

 共依存なんて、
 本人は善意のつもりでいることもあり、
 本人も依存相手も異常事態だと理解できてないからやっかいだったりする。



 「相手に依存されている。」と感じた人がいたことがあるが、
 実は私もその時に「共依存状態」になっていたことに気がついたことが過去にある。

 正常の人でも、
 誰もが依存的な部分を持っているのが基本だといい、
 誰がいつそこから脱線してもおかしくない状態なのだ。

 共依存症によくありがちな「この人ほっとけない。」という気持ちは、
 「それは相手の問題だから、他人が軽々しく口をはさむことは好ましくない。」状態なのに、
 「ほっといたらこの人のためにならない。」と勘違いに自分から首を突っ込んで、
 「私がなんとかしなきゃ。」と勝手にカン違いして抜けられない状態をまきおこす。

 どの依存症にしても、
 周りの人に良くない影響の波紋を広げる心の病気。

 考え方に偏りがある人格障害の症状の一つなのだ。

 他人からみて「のめりこんでる」とか「よくやるな」といった状態は、
 本人に自覚がなくても、
 多かれすくなかれ依存症にかかり始めているか症状が出ている状態になる。

 ゲームにのめりこんでやめられないとか、
 ネットをしていないと不安で仕方ないというのも依存症という病気。

 「重ね着症候群といわれる」発達障害のアスペルガーの人が、
 人格障害でもあることが多いといわれるのも、
 他人に依存する傾向が強いからだ。

 他人からの理解に固執している自覚が持てず、
 他人に依存して距離感をおかしくしている。 



 共依存に関する本を読み進めると、
 意外と「こんな症状で?」と思う状態も依存症であることがわかる。

 アルコール依存だって、
 肝臓を壊したり隠れて飲んでいる状態でなくても、
 毎日2本は飲まないと・・・なんて具合だと、
 依存症にあてはまったりする。

 強迫観念と依存症は仲間のようなものだしね。

 「あったらうれしいけど、なくても困らない」程度までが、
 正常なぎりぎり値。

 「ないとやだな~。」を超えて「ないと不安」になりだすと、
 依存状態突入。

 依存症が近くに誰かいる場合、
 そこから伝染病のようにまわりにいる「依存症の人の面倒をみる人」が共依存症になる。

 近くにいなくても、
 依存症の人は「自分を無償で面倒みてくれる人」をかぎつけ、
 「世話をすることで自分の存在感を確かめたい人」自ら世話出来る人を求めているから、
 そういうつながりとなる。

 そうなった場合、
 自分が「そんな状態」だと認められなくて自分は違うと思ってしまい、
 気が付けずにいることは多いらしい。

 私の場合もそうだった。

 後から、
 自分の異常な精神状態に気づいて、
 考え方のゆがみと向き合っていくうちに、
 共依存の状態になっていたことに気づいた。

 異常な状態の真っただ中の人ほど、
 自分が異常だとは気づけない。

 他人がみると「うわ~」って思える状態だとしても、
 自覚できないことって多いものなんだ。

 自分のことは数割増で良く思いたいと無意識が「かさ上げ」してくれるからだね。



 でも依存症状は立派に人格障害です。

 自分が「それ」に依存していると認識できないこと自体が、
 認識がおかしいという証拠そのもの。



 やめられないことがあったら、
 要注意だね。



 人格障害の人が依存症になるのではなく、
 依存症になるほどの「異常状態」だから、
 人格障害にもなる。



 人格障害や共依存についてネットでもお手軽に情報は手に入るけど、
 やっぱり専門的な本からの情報とは一線をかくすものがあるね。



 抜け道つくって「自分はまだぎりぎり大丈夫」なんていってるより、
 「ぎりぎりアウトかもしれない」「ぎりぎりなのは依存症になったも同然」と思って、
 早めに軌道修正した方が何より自分のためだ。

 そう受け入れられずに都合の悪いことから目をそむけることが、
 依存症の原因の正体のひとつでもある。

 早く気づけないと、
 自分が壊れてしまう。

 自分が壊れたら、
 きついリバウンドに苦しむのは他ならぬ自分自身なのだから、
 自分のために「事実を認めるのは楽な方」と受け止めることが一番の近道。

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