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身近な相談事と似た人を引き寄せて「変われない」要因 

 ある心理学博士でプロカウンセラーの人の本をちらっと見る機会があったので、
 どんなことが書かれているのかと読んでみた。

 そこには、
 似た人を好む根拠について書かれていた。

 それと同時に、
 自分を変えたいと望んでいながら変えられない理由も。



 自分がなりたいはずの人物像を持っている人に近づこうと思っていてもかなわないのは、
 理想とするはずの相手が、
 同時に、
 自分が言われたくない言葉を持っているから。

 自然と「うるさい」と遠ざかってしまうんだ、と。

 自分が困っているときは、
 自分と似た境遇の人ならわかってくれると思い、
 自分に似た境遇の人に相談したりその人の話を聞くことを望む。

 すると、
 その相手も自分が問題を抱えている最中なので、
 状況をよくわかってくれるし共感も得られる。

 しかし、
 その人自身も自分の問題を解決できていないため、
 その人からは、
 「解決できていない立場の人の意見」しか聞くことはできない。

 自分が同調できる相手の意見は、
 無意識に好意的に受け止めてしまうため、
 相手の「解決策にならない意見」を参考にして、
 結果的に解決できないことになる。

 まるで、
 鬱の人が鬱の人に「どうしたら鬱から抜け出せるか」と相談したり、
 ダイエットしたい人がダイエットしている人に「ダイエットに効果のあること」について相談したりするようなもの。

 それは単に気持ちがわかる人同士で、
 あれがいいらしいとか、
 これが効くみたいだといった情報交換をするようなもの。

 こういうパターンはよくありがちなことで、
 ○○から回復するコミュニティとかの集まりによく見られる。

 確かに、
 自分と同じ心境の人がいると思ったら、
 「がんばろう」と思えるのでいい部分もあるけれど、
 その人たちの「あれがいいらしいよ。」の話は、
 自分のためになるとは限らない。

 それらの意見は確信が持てない「噂」の域を出ないから、
 「一時的によくなった気がする」といったものや「効果があるってきいたことがある」といった話は、
 その意見を参考にしても「何も解決できない」。

 それで解決できるなら、
 その相手はすでに「鬱」や「ダイエットが必要な状態」から脱しているはずだからだ。



 もし自分が今の状況を変えたいのだとしたら、
 その状態をすでに抜け出した人に話を聞くべきなのだと思うが、
 その状況から抜け出した人は、
 かつて自分の何が問題であったかを受け入れて向き合い乗り越えている。

 その状況から脱した人たちは、
 「聞きたくない言われたくない言葉」に真理があることも知っているので、
 抜け出したい人にとって都合のいい話ばかりはしてはくれないし、
 同情や共感といった甘い言葉に意味がないことを知っているから、
 期待した言葉を聞き出すことはできない。



 自分を変えたいときは、
 変わりたい自分の姿を持つ人の考え方や受け止め方を真似るのが一番なのだ。



 自分は今の状態を抜け出したいという状態の時に誰かに頼ってしまうと、
 似たような人を見つけては、
 「私もこんなことがあって・・・。」と言いやすいから、
 ついつい口に出してしまいやすくなる。

 最初はそれでもいいものの、
 相手があまり共感してくれず、
 自分で抜け出す方法を見つけてそこから抜け出すことができる/できた人であればある程、
 その人からは辛口で妥協のないように感じる言葉が出てくるから、
 「そんなことわかってる」という気持ちが強くなり、
 自分が一番ほしい意見を持っているはずの人の意見から耳をふさぎたくなってしまう。



 別のカウンセラーの方のメルマガにはこんなことが書かれていた。

 カウンセラーがプロであるべき理由。

 それは・・・。

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クライエントから依存されないために、プロの心理カウンセラーである私が
日々気をつけているのは、クライエントと適切な距離を保つということです。

具体的には、なるべく初期段階から
クライエントの方に、下記のことを理解してもらうことです。

「**先生と会うのには、お金がかかる。
 **先生とは、決められた時間・限られた時間しか会えない。
 **先生とは、カウンセリングルームでしか会えない。」


長い間、通って下さっているクライエントに対しては
私も親密な気持ちを持っていることが多いですし、正直言えば、
「たまには一緒に、お茶かお食事でもしたいなあ…」とか
「趣味もお話も合うし、一緒にどこか遊びに行きたいなあ」と思うことは、
少なくないのですが…、

それをしてしまうと、距離が近過ぎることになってしまい、
クライエントから、いつでも連絡していい友人と思われる関係となり、
要するに、カウンセラーとクライエントの関係でなくなり、
最終的に、私がクライエントを援助できなくなり、
結果、クライエントに不利益を与える恐れがあるので、

  長い… (^_^;)

よって私は、クライエントとは
カウンセリングルーム以外でしか会わない、
会うのには、金銭が発生する、時間になったらお帰りいただく、
ということを、断腸の思いで守り続けているというわけです。


このことを守らないでいたりすると、
クライエントから、依存される恐れが生じますし、
それに応えられればいいのですが、
そのようなことは、こちらにも生活があるので、
クライエントを満足させるほど出来るわけもなく、
最終的に、クライエントを落胆させ、
結果、クライエントを傷つけてしまいかねません。

それを避けるため私は、
大好きなクライエントであっても、誘わないまま、
クライエントと長くお付き合いを続けている…という次第です。


そういった意味では、私の気持ちは、
「告白したら関係が壊れるかもしれない」
「会えなくなってしまうかもしれない…」とばかりに、
決して告白せずに片思いを続ける純情な中学生のようです。

(なんのこっちゃ!)


ボランティアでカウンセリングのようなことされているかたに申し上げたいので
すが、お金が介在しないカウンセリングは、クライエントから依存されやすいの
で、せめて時間と場所だけは、しっかり守って欲しいなあと思います。

時間と場所という枠組みが、
あなたとクライエントを危険から守ってくれるのですよ。

私は、お金と時間と場所に守られているプロのカウンセラーなので、
ボランティアでカウンセリングをしている人に比べ、
難しい面もありますが、簡単で安全な面もあるのです。


カウンセラーが、クライエントの方に「困ったことがあったらいつでも電話して
きてね」と言い、自分の個人情報(電話番号や住所、家族構成や職業)を教える
のは、優しさでも何でもないです。

私は、「さんざん人を依存させておいて、鬱陶しくなったらポイか!」と
立腹したクライエントに、何人も会ったことがあります。
多くは、ボランティアのカウンセリングを利用した人の声です。


無償でカウンセリングをしているという、せっかくの善意が、
結果、自分やクライエントを傷つけることのないよう、十分注意していただきた
いなあ…と思います。

クライエントから依存されないよう、クライエントを傷つけないよう、
適切な距離を取り続けて下さい。

そのためには、時間と場所とお金の枠組みを守ることです。

         メルマガ「心の相談室 with」

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 私の母もいくつかのコンサルタント・カウンセラーなどをしているため、
 人の相談に乗ることを生業としているが、
 自分の知り合いが相談に来た時はあえて別の人に代わってもらっていると言っていた。

 「知り合いがカウンセラーだとわかると、
 プライベートでも相談されて客観性が欠けるから。」とよく話していた。



 心が弱っている状態だと、
 誰でもいいから自分を救ってほしいという気持ちが出てくる。

 相手がプロの心の相談員だとしたらなおさらすがりたい。

 「カウンセラー」でなくても、
 自分の心の痛みをわかってくれる「ハズ」の同志なら、
 自分を理解してくれるに違いないから、
 見捨てたりはしないだろう・・・。

 そんな気持ちが依存に結び付く。

 私自身も、
 そのパターンに似た状態で自分を壊す結果を招いた。

 まさにこのメルマガの一文にある、
 「さんざん人を依存させておいて、鬱陶しくなったらポイか!」に似た展開。



 私の場合は、
 相手からすると、
 「自分のことをいつまでたっても理解してくれないからあなたはもう要らない。」って、
 一方的に縁を切られたように感じたが、
 こちらからしたら、
 「散々人に重苦しく寄りかかってあなたの問題に巻き込んでおきながら、
 もっと都合がいい依存相手が見つかったら、
 人をボロ雑巾のようにののしって、
 使い捨ての道具か扱いか!」という感じだった。



 ボランティアでカウンセラーをする人というのは多くないかもしれないが、
 友達や知り合いの「身の上話」や「相談事」に耳を傾けることなら、
 珍しい光景ではない。

 友達だから知り合いだからと、
 安請け合いや軽い気持ちで「いつでも相談して」なんて気持ちでいたり、
 それを通り越して、
 ドラマ「まっすぐな男」さながらに、
 『困っている人を見ると何とかしたい』なんて方向違いな親切心を振り回すのは、
 結果的に誰のためにもならない。

 「困っている人を助けたい」と積極的に他人の問題に首をつっこむのは、
 「自己満足のなせるわざ」で相手のためじゃない。

 困っている人を助けたいなら、
 奉仕活動で不特定多数の相手に対してすればいいが、
 目につく「個人」に対して一方的に正義感をふりかざすのは、
 考えに「ゆがみ」が出始めている可能性があって危険な状態なのだ。

 常に相手が自分の助けを望んでいるとは限らないのだから、
 お互いの気持ちが一致していないと、
 単なる自己満足の押し付けになってしまう。



 このことは、
 アスペルガーや人格障害の特徴にも色濃く出ていることから、
 「人に親切」も場合によっては、
 考え方のゆがんだ状態と言わざるを得ないのは明明白白。

 自分のしていることが「全て正しい」と思い込んでいることに気づかず、
 相手の立場や気持ちを無視してしまい自分の思い込みを押しとおす、
 それが「ゆがみ」になっていく。



 そのことを知ってから、
 私も、
 各界著名人の人生哲学を参考にさせていただくようになった。

 以前は、
 友人に「愚痴」という名のもとに「結果的」にすがったり、
 同じ状態の掲示板で「仲間意識」を持てる人に好んで寄って行っていたことは否めなかったけれど、
 それでは傷をなめあうだけなのだということを、
 身を持って見せられたからこそ、
 そこに気づいた。



 自分の身の回りの人を「相談相手」として心の意見のキャッチボールをするのではなく、
 自分が「これ」と思う相手の考え方を吸収するだけにとどめなければ、
 自分の(変化を望まない無意識の)私観にジャマされやすくなるから、
 よほど強固な意志がない限り、
 仲間意識のあるもの同志でくっついていてはダメになってしまう。



 ときどき、
 メンタルに悩んでる人と知り合うことはあるけれど、
 やっぱり、
 そういうご縁はほぼ続かない。

 そういうご縁が続かないのは、
 メンタルに悩んでいるだけの状態に満足することができないからなのかもしれない。



 大事にしたい縁なら、
 なおさら、
 相談事といったメンタルに深くかかわる部分にはふれず、
 客観的になれる第三者に任せるべきなのかもしれない。

 どうしても関わるのだとしたら、
 途中で身を引くのではなく、
 他人としてかかわれるのはここまでという線引きと、
 それ以上のネガティブな関係にはしないという気持ちが必要だと思う。



 以前境界性人格障害(ボーダー)の人が言っていたことを思い出す。

 「みんな最初は『あなたのために力になりたいから、一緒に頑張るから』って言ってくれるのに、
 途中から、
 『もう自分には無理だから』と逃げ出していく。

 一緒に頑張るっていっといて途中でいやになるなら、
 最初からそんなこといわなければいいじゃない。

 この人こそはって信じたおかげで、
 私はぼろぼろになった。」



 他人の心の問題に対して、
 「あなたの力になってあげるから何でも相談して」という親切心は、
 とても傲慢なことなのかもしれない。

 無償で他人の心を相手が望むとおりに救えるほど、
 人生経験が豊かで心が広い仁徳者だと自分で言っているようにも聞こえかねない・・・。



 共感できたとしても、
 共感だけじゃ救うことは出来ない。

 下手したら足の引っ張り合いでお互いがダメになる。

 プロは甘えや依存の発生しない「距離」を保つことで、
 少しづつ相手を導くことができるのだから、
 甘えや依存といったなれ合いのある偏った関係では問題解決はことさら難しい。



 友人にはさんざん愚痴をばらまいたものの、
 自分で客観性を欠いて愚かしいと思うようになった。

 距離が近ければ近いほど、
 感情が入りやすく客観性が失われる。

 具体的なことを全く知らない人に意見を求め、
 その後、
 答えは他人の中ではなく自分の中に見つけるものだと気がついたのは、
 このことに当てはまるから・・・。



 本当に自分の問題だってわかっている人は、
 自分の問題だからと割り切って、
 安易に周りの人に相談を持ちかけたりしないものだと、
 気づいたときには、
 友人の時間を浪費してしまったあとだった。

 あの時のこと、
 話を聞いてくれた唯一のお友達には、
 見捨てずに話を聞いてくれてありがとうと心から思う。



 そこからも、
 愚痴魔の状態がいかに危険な状態なのかってわかる気がする。



 自分の中の問題だと思えないから、
 他人に話して「相手の意見」という同調を求めたいのが愚痴なのだから・・・。



 人格障害やアスペルガーの人が他人とうまくいかないことが多いのも、
 他人への距離感が近すぎて相手の心の領域に無断で踏み込んでしまうから。

 親しい間ほど、
 決まった距離感が大切だ。

 縁を大事にしたいからこそ、
 「ネガティブなつきあい方はしない」工夫が必要なんだと思う。



 自分を変えたい、
 今を抜け出したい人がいつまでも変えられないのは、
 自分を変えられない、
 今を抜け出せない「同じ立場の人」の意見ばかりを参考にしているからなんだって。

 抜け出したいなら抜け出した人、
 成功したいなら成功した人、
 幸せになりたいなら幸せ感を持っている人に、
 ・・・「聞く」のではなく、
 その考え方を「真似」をしよう。

 人に聞いて人の意見ばかり参考にしていると、
 自分で考えられない人になってしまう。



 稲盛さんがある本に書いてた内容にこんなことがあった。

 「よく、
 幸せとはなんですか?と聞く方がおられますが、
 私はこう思うのです。

 生きていることこそが幸せそのものなんじゃないですか。」って。



 考え方は人に聞くものではなく、
 自分で感じ取るものなんだよね。


 いろいろな意見を参考に、
 自分が「良い」と感じたものを自分流のものにしていくことで、
 本当の自分の想いが出来上がっていく・・・。

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