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誕生日の意味 

 私は昔からずっと誕生日が嫌いだった。

 だけど最初から嫌いだったわけではない。

 嫌いになるきっかけがあって、
 トラウマ的に嫌いになったというか・・・。

 嫌いになる理由があったのだ。

 それと、
 「今まで自分が生きてきた」ということは密接な関係があったのだけど・・・。

 だから、
 人様の誕生日は「おめでとう」と言えても、
 自分の誕生日は一年で一番嫌いな日だった。

 自分にとって自省して静かにするための日だったから。



 だから、
 誕生日を人に聞かれて一応答える時は「自分は誕生日が嫌いだから。」とつけ加えるのだけど、
 それでも当日、
 「誕生日おめでとう。」と声をかけられると、
 困惑するので、
 いろいろな意味で嫌いだった。

 おめでとうっていってくれる人の気持ちはありがたい。

 意識してくれてるんだって思うから。

 だけど自分は嫌いだしおめでたくないって思ってたから、
 そう言われたくない。

 そんなジレンマにずっと悩んできた。



 「誕生日を一緒に祝いたい気持ちがなんでわからないんだ。おめでとうっていってる気持ちがなんでわからないんだ。」と責められたことがあり、
 その時には誕生日嫌いが一気に爆発してしまった。

 この人は、
 「自分がしたい気持ちが大事なんだな~。私のためじゃないんだな~。ただのイベント好きなだけなんだな~。」
 「私のトラウマになってるっていってることは、わかんないんだなぁ。」って思いが噴出した。


 
 その後、
 誕生日に「おめでとう」っていってくれる人の気持ちを疑うようにさえなってしまった。

 ・・・なんとなく「おめでとう」っていうものだからとりあえずいってるだけなのかも?

 ・・・自分が「そうしたい気持ち」が優先しているだけなのかも?



 自分が考え方をかえなきゃダメだというところまできて、
 内省的に考えだしてから、
 少しづつ世界の見え方が変わってきた。

 そこから誕生日の意義に気付くことになった。



 自分が「誕生日おめでとう」って言う立場で考えたとき、
 「全てのものに感謝をする」というものとリンクしてきて・・・。

 今までの考え方のゆがみの部分がどこにあったのかってわかった気がした。



 誕生日は、
 感謝をする日なんだ。

 誕生日をむかえた人に、
 「あなたが生まれてきてくれてありがとう」と感謝する日。

 生まれてきてくれたから自分が出会うことができた、
 それをその人に伝える日。

 だからめいっぱいの気持ちをこめて「おめでとう(出会ってくれてありがとう)」って伝える日。



 今まで、
 誕生日は親に感謝「しなきゃいけない」と思ってた。

 「しなきゃいけない」ところに葛藤があった。

 ひどいときは、
 「産んでくれって頼んでない。」とすら思ったこともあった。

 今は、
 それが全部全部生き辛くて、
 生きていたくなくてそう思っていたから、
 何かのせいにしたかった自分の心のゆがみからきていたんだと、
 恥ずかしながら思う。

 誕生日は、
 その日があるから出会えた「全てのつながり」に感謝をする日だったんだ。

 そう思ったら、
 本当に「生まれてきてくれてありがとう。」って思えるようになった。

 正も負も、
 全ての出会いは自分に必然、
 何かを伝えてくれるためにあるんだものね。



 いいことないってマイナスのことばかりに目がいってしまうから、
 誕生日が嫌いになるんだ。

 嫌いになることしか見つけられなかったのは自分自身。

 それが自分のゆがみの元。



 もし、
 誰かが「誕生日が嫌い」っていってたら、
 誕生日の代わりに、
 出会えたことに感謝する日をもうけて「お祝い」してあげたい。

 誕生日が嫌いなのは仕方ないし、
 それはその人の問題だけど、
 出会えたことへの感謝は、
 「誕生日」にこだわる必要ないもの。

 それは、
 人にわけてもらった「恩」の気持ちを心にしたためる日だと思うから。



 思い出しちゃった。

 昔行ったディズニーランドで食べたケーキ。

 「HAPPY ANBIRTHDAY!」

 なんでもない日、
 おめでとう!って。

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