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必要なものは与えられる、過去の自分からでも。 

 この間テレビで松居和代さんが自宅を紹介しているのを見ていたとき、
 なんとなくびっくりしたことがあった。

 松居さんといえば掃除好きで知られているけど、
 テレビにでていることも多い気がする。

 多忙な感じなのに、
 玄関の天井から下駄箱から何から、
 とにかく磨いて磨いて磨きつくしているらしい。

 その姿は想像はつくものの、
 いつ時間を見つけてやってるのかな?とすら思えるほど、
 自宅がぴかぴかだった。

 自宅のキッチンを紹介しているとき、
 流しの下水についてる網にプチトマトをのっけてゲストにすすめていたのを見てびっくりした。

 二人のゲストの人は、「え!いくら掃除しても流しの生ゴミを受ける網はちょっと・・・。」と困惑していたものの、
 松居さんは平然と、
 「毎日洗ってるし消毒もしてるから。」とニコニコしていた姿が印象的だった。

 何が驚いたかって、
 普段は生ゴミ受けに使う人がほとんどの網を、
 ザル代わりに使えるところ。

 神経が図太いとかじゃなく、
 その網は本当の新品のようにピカピカで、
 その清潔さに自信を持っている姿に驚いた。

 胸をはれるほど、
 清潔にしてるっていう自負があるんだな~って。



 下駄箱も決まったようにぴったり下駄箱にあった靴が収まっていて、
 「靴がこれ以上増えたらどうするんですか?。」という質問に、
 「うちは下駄箱に入る数しかくつを置かないのよ。
 増えたときは古いものからさよならするの。
 そんなに数があっても使えないでしょ。」
 と言っていた。



 もったいないからという言い訳でためこんでも、
 使わなければ全く意味がない。



 それを見て以来、
 持っていたCDや本を手放し始めた。

 家の中も場所を決めては少しづつ片付けて不要なものを捨てていった。



 今まではもったいないからととっといたものがたくさんあるけど、
 最近は不思議なことに、
 「ここまで使わなかったのだから必要ないもの。」とさっぱりと割り切れることができるようになったので、
 片付けがスムーズにばさばさと進むようになった。

 そしたら、
 実家の父にもらったものの、
 カフェインをとることを止めたために使われずにほこりをかぶっていたコーヒー用耐熱ガラスポットとか、
 あけてなくて飲まれずに放置されていた紅茶とかが出てきた。

 ちょっと前にチャイをつくって以来、
 チャイ用の片手なべがほしいな~、
 わざわざ買う程じゃないけど、
 安い紅茶でいいからほしいな~なんて思っていたところだったから、
 「コーヒーポットは耐熱だから、
 これでチャイをわかせばちょうどいいかもw」なんて、
 過去に自分自身が忘れ去っていたものから、
 ほしいものが見つかった。

 ・・・必要なものは与えられる・・・

 この言葉がなんとなく頭をよぎった。

 過去に忘れたもの、
 使い道が思いついたら出てきて役に立つ。

 新たに買わなくてムダもない。

 必要だから与えられたのかなって。



 それ以来、
 壊れた収納棚の扉だけ捨てようと思って扉をはずして解体していたら、
 中から10円券が出てきたとか、
 収納用小物入れ画ほしいなぁと思っていたときに100円でついつい買いこんでた小物入れが出てきたり、
 いろいろと「あwちょうど良かった。」ということが続くようになった。

 これいらないかな~ってしまいこんでどこにいったかわからなくなったままのものも、
 「ちょうどいいものないかな~」と思っていると、
 ふっと出てくる。

 まるで呼び寄せているかのように。

 不思議な感じがする。



 本当に必要なら、
 誰かがくれるのではなく、
 過去の自分からも与えられるんだね。



 片付けがはかどってきたおかげで、
 ムダに使っていたスペースがへって空間に余裕が出てきた上に、
 役立つものが増えた。

 そしてムダが減った。

 ムダだったものが。



 物も、
 考え方も、
 全てのことに対して過度なこだわりを捨てれば、
 本当に必要なものがだけが残るのかもしれない。

 こだわりは、
 本当に必要なものを見失う原因を作っているように思う。



 人の手は二つ。

 何かを手放さなければ、
 新しい物は手に入れられない。

 時間も物も心も。



 人は生きていれば、
 その道すがら必ず何かを捨てなければなりません。
 捨てたものが大きいほど、
 残り物にかけ、
 生きる力が強くなります。

            - ドラマ ~ 大奥 -



 思い切って捨ててみよう。

 本当に大事な物は、
 捨てようと思っても捨てられないものだから最後まで残るんだ。

 捨てたことに後悔するのは、
 捨てる時は捨てる必要があったから捨てたはずなのに、
 そのものに未練というこだわりが強いから。

 だから、
 自分の信念に自信を持っていられれば、
 後悔なんて必要ないものね。



 捨てられないと思う気持ちが、
 自分の行く手を阻む。

 もったいないと思うなら、
 捨てずに「新しい使い道」というリサイクルをすればいいんだもん。



 考え方だってリサイクルできる。

 ネガティブな心配性なら、
 「そうなっちゃうとこまるから、
 そうならないようにしよう。」という発想へリサイクル。

 どんなものでも適材適所。

 適切な使い道がある。

 自分という特性をよく知って、
 自分を活かすことは、
 最大限に自分を適切に適切な物事へ導くこと。



 自分という個性、
 ちゃんと活かせてるかな?

 この世に存在する全てのものには、
 存在する理由が必ずある。

 全てが、
 活かしてこその存在価値だから。

 自分を活かす前に落ち込んだり落胆する必要ないんだよ。

 自分を活かす方法、
 これから無限に広げることができるのは自分だけ。

 活かしきる前にあきらめちゃったらもったいないって思うんだ。

 自分を活かすために、
 どんな活かし方があるのか、
 考えたら世界が広がるね。

 自分を活かす方法、
 見つけられていなくても大丈夫。

 夢という未来の自分から与えられないのなら、
 過去の自分が教えてくれているかもしれない。

 過去の自分からのメッセージとして。

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