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意味不明な人々が理解できない理由が理解できたような気がした本 

 意味不明な理解できない思考回路の人を理解しようとしても徒労に終わるのは、
 人格障害を目の当たりにすると嫌と言うほど実感できる。

 かといって、
 人格障害についてどれだけ知識をためこんでも、
 人格障害がなんたるかを理解したことにはならないので、
 理解することは難しい。

 知識だけで理解できたら、
 精神科医は困らないし、
 医者自体必要もない。



 異文化とか独特の世界観を持っているといわれる人の場合、
 そもそもの世界観がもともと違うのだから理解できるはずがない。

 なんで理解できないのかって思って、
 人格障害や心理学を駆使してもやっぱり難しい。

 なんでかなって思ってた。

 お医者さんでも理解が難しいのはなんでかなって。

 そんなときに出会った本で、
 目から鱗になった。

 理解しようとするのが、
 同じ日本人とか、
 一部同じ感覚を持った人だという共通点がどこかにあるという認識が無意識に働いているからだ。



 共通点があるという思い込みが理解をジャマしている。

 「日本人は永遠に中国人を理解できない」という、
 孔子直径子孫の孔健さんの書かれた本をじっくり読んでいてそう思った。

 中国人から見た、
 日本人が中国人に対して間違った理解をしている点を特徴的に説明している本なのだけど、
 読んでみると案外おもしろい。

 その理解の相違には、
 人格障害やアスペルガーの人たちに見られる理解のズレに似たものがよくでてくる。

 人格障害的な認知のゆがみ的考え方は、
 中国人的発想の考え方に屁理屈をブレンドしたんじゃないかとすら思える展開が並んでいた。

 日本人に、
 恩をあだで返すと思われる中国人の行動とか、
 理解できない部分に通じている。



 中国人を理解できないのは、
 日本人特有の物の考え方で理解しようとしているからだと、
 この本は何度も書いている。



 意味不明な人々の考え方は、
 日本人の文化に中国人特有の騎馬民族的考え方をミックスして屁理屈を飾り立てたものだと考えると、
 非常に納得できる。

 ただその考え方になる根底が、
 中国の場合は多民族国家で侵略と貧困からきている歴史と、
 人治国家的考え方なのに対し、
 考え方にゆがみがある意味不明な思考回路は、
 自分の自分による自分のためのもの。

 「自分の存在を認めてもらうため」が根底にあるから、
 似ている部分があってもかなり違う。

 中国の人はアグレッシブな理由に対し、
 意味不明な人々は自分的な理由だからだ。

 でも、
 実際に認知のゆがみを実感したことがあるなら、
 中国人と日本人の考え方の違いに対しての説明に、
 納得できる部分があると思う。

 これだよ、これこれこれっていう感覚。

 別に中国人が認知のゆがみがあるわけではないが、
 中国人と日本人の間にある「ズレ」が、
 認知のゆがみと一般論の間にある「ズレ」に通じている気がする。



 意味不明な人々とどうしてわかりあえないのか、
 理解できる一冊になった気がした。



 理解しようとしているのにわからないと思うのは、
 そういう人なんだと思えずに、
 自分の尺度で考えようとしているからなんだと理解できる。



 人格障害になっちゃうのも、
 迷惑行為をしても平気に見えるのも、
 他人の気持ちを考えられないと感じるのも、
 全部全部、
 「そういう人だから」



 日本人独特のあいまいなやりとりの中に、
 「言わずとも知れた」という期待があるから、
 理解できないと感じるのかもしれない。



 日本人独特の感覚に生きているという自覚、
 普段は気づかないものね。

 それが当たり前で普通だという感覚しかないかもしれない。



 意味不明な人々を知ろうとすることが、
 他国の人の感覚を知ることに通じているように思うのは、
 「異文化」「独特の世界観」という言葉であらわされている通り、
 日本人であって、
 普通の日本人気質と違う特徴が目立って目に付くからかもしれない。



 意味不明だと思う人でも、
 別の国の国民には当たり前に理解されるかもしれないね。

 とはいっても、
 中国で、
 「自分を理解して」という認知のゆがみ的考え方は通じない感じはするのだけど・・・。

 中国はそんなあまっちょろいことではやっていけなそうだ。

 安穏とした日本人には特に。



 目から鱗がでるほど、
 違う視点からみることで気づきが多かった!

 この本のタイトルどおりなら、
 中国人同様、
 意味不明な人々は永遠にわからないままかもしれない。



 人格障害に限らず、
 理解しがたい人がいたとしたら、
 そういう人なのであって、
 自分の尺度では理解できない人なのかもしれないね。



 中国人にしろ意味不明な人々にしろ、
 「そういう人だ」と思うのが理解であって、
 どうしてそうなんだ?と思うのは、
 悲しいけれど理解にはつながらないのかもしれない。



 「こんな安物をくれるなんて。」と、
 プレゼントの内容によって、
 みなで失笑するという中国人の感覚は、
 何かされたことに不満があるとき、
 「あなたの自己満足でやったんでしょ。」とこきおろす、
 人格障害の人によく似ているかもしれない。

 アスペルガーの態度の豹変の仕方等は、
 二つの顔を常に使い分けるという中国人にとても似ている。

 中国人は相手が中国人であれ日本人であれ、
 利用する傾向が日本人より遥かに強いという。

 それは、
 ターゲットを思い通りにしようとする考え方をする認知のゆがみを持つ人にもかぶさる。



 考え方のゆがみを持つ彼らの感覚は、
 中国人と日本人の間みたいに見えた。



 ユダヤ教信者のことで、
 一定の国の民族をさすわけでではない「ユダヤ人」という呼び方と同じ感覚で、
 アスペルガーとか人格障害といわれる人は、
 国を持たないユダヤ人さながらなのかもしれない。

 考え方のゆがみという考え方をずっと信じ続けているのだから。

日本人は永遠に中国人を理解できない (講談社プラスアルファ文庫)

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