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身の周りの「いいな」と思うものを大事に 

 人の悪い部分ばかりに目がいくクセがあるなら、
 人の良い部分に目がつくクセだってある。

 どうせ考え方のクセを持つなら、
 良いことにたくさん気づけるクセになったほうがいい。

 自分が悪いことばかりに目が行くクセを持っていたことに気づいたとき、
 良いことに気づけるクセに変えようと思ってもなかなかすんなりとはいかないし、
 人の悪い部分ばかり気にしていたのを良いことだけを気にするなんて急には難しい。

 そもそも、
 人の良い部分てどんなところだろう・・・?と思うことだってあるかもしれない。



 何気なくシャベクリ007という番組を見ていたら、
 貴乃花親方が出ていて、
 メンバーにちゃんこをふるまっているシーンがあった。

 番組の中でゲストの話もそこそこにちゃんこなべを食べるメンバーを見て、
 親方が一言言った言葉が印象的だった。

 「ありがたいです。
 こんなに食べていただけて。」



 テレビに出てくる人のコメントのどんな部分に気を向けるか、
 たったそれだけでも自分の意識を変えるきっかけがたくさん。

 変わりたいと思ったとき、
 変わるきっかけになることはあちこちにたくさんある。

 貴乃花親方の「ありがたいです。」という言葉も、
 普段の自分に置き変えたとき、
 同じように言えるかな、
 自分が言われたらどうかなと思ったら、
 そういう言葉が出るって素敵だなって思った。

 (こんなときに「番組的にキャラ作ってるんだろ。」とか、
 「いい人ぶってるだけじゃないか?」と無駄に根拠無く推測するのは問題外な感性だと思う。

 考え方にゆがみが出てくると悪い部分の推測をしてそのこと自体を否定したがる傾向があるけど、
 悪い推測が成り立つなら同じ分だけ良い推測も成り立つと思う。)



 トーク番組を見てても、
 意外と否定的なことばかりな人、
 よいことばかり言う人、
 話が飛び飛びの人、
 表情豊かなに話す人、
 いろいろな話方があるって気づける。

 肯定的な話し方をしている人は、
 自分の言うことも話している内容も肯定しているようで、
 表情も楽しそうに見えるし、
 見ていて楽しくなることが多い。

 否定的な話ばかりしている人は、
 楽しそうな表情にも見えないし、
 苦虫噛み潰したような顔をすることもあったりして、
 話の内容からも楽しそうにみえなかったり。



 他人の姿から「いいな」と思える部分に注目していったら、
 だんだん「いいな」という部分が目に付くようになっていく。

 「あんなところが嫌」と思うと、
 その部分ばかりが目に付いてしまうから、
 愚痴魔になってしまう。 

 普段何気なく「いいな」と思えること、
 「いいな」と思いたいことを大事に過ごせたら、
 「いいな」と思える自分がいいなって思えるんじゃないかな。

 自分を認めることってそんなに難しいことじゃなくて、
 何気ない普段の自分の素直な部分を「いいな」って思うことから始まる気がする。

 「いいな」って思えることが増えたら、
 「自分っていいな」って思えることも増えていく。

 他人を否定することって、
 自分を否定していることでもあるんだね。

 自分の中の嫌な部分を、
 「相手に投影している」とか、
 「相手の中にかがみにうつすように見ている」というのと同じ。

 自分の中の嫌いな部分を持つ相手が嫌いなら、
 自分が良いなと思う部分を持つ相手は、
 自分がなりたい自分か、
 自分がまだ認めていない自分のよい部分なんだね、きっと。

 相手を認めるのは、
 特定の誰かを受け入れるのではなく、
 人のいいところを受け入れる。



 シャベクリ007で武田鉄矢さんが「金八先生」についてこんなことを言っていた。

 「聞こえないセリフは聞かない、
  聞こえないセリフを聞こうとするのがお客なのよ。」

 表面的には見えない「良いもの」を探すのが、
 「幸せ探し」の醍醐味なんだね。
 

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