スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自己中と自己愛の違い 

 「自己中」と「自己愛」の区別がない人も多い。

 自己愛性人格障害って、
 その名前から自分中心で自分のことしか考えてない人のことだと思われがち。

 人には自己愛は必要なのだけど、
 自分の「自尊心・健全な自己愛」が必要なのであって、
 「自己愛=自分中心主義」だと勘違いしてしまう人が多い。

 本来の自己愛性障害は、
 「健全な自己愛」の解釈が間違っている人で、
 社会的に極端に不適応な人という意味なんだよね。

 自分さえよければ他は気にならなくて、
 他人にどう思われてもかまわない程度なら、
 自己愛性障害とは言えない。



 自分を大事にするためには、
 「自分を愛する健全な自己愛」や、
 自分を尊敬するための「自尊心」が必要なのだけど、
 自尊心=自分の考えにしがみつくこと=へんなプライド、
 自己愛性=自分中心主義=自己中、
 だと勘違いしてしまうと本来の自己愛性人格障害から微妙にずれてしまう。

 自分のしたいことしかせず、
 自分さえよければ周りはどうでもよくて、
 自分だけが得をすればいい、
 そんなかんじなのが自己中心主義なんじゃないかと思う。

 自己愛性の人は一見すると同じように見えるけど、
 その言動の発端が、
 自分の自信のなさからくる虚言癖のようなものなので、
 自己中と自己愛性障害は似て非なるもので紙一重。

 自分がないから他人の評価に必死になり、
 評価を得るためには命がけにもなるのが自己愛性障害。

 単なる自己中は人に嫌われることはなんとも思わないが、
 自己愛性は表面はツンとしていても内心はかなりどぎまぎしているから、
 たちの悪いツンデレみたいな二面性だと思った。

 自己愛性人格障害や境界性人格障害は、
 本来持っているはずの「自分自信の存在を大事に思える健全な自己愛」がかけていることで、
 自分の存在価値や愛情を他人を使って満たそうとする、
 「自分が自分で認められない人」。

 極端な思考回路は自己愛性も境界性も根本は同じものの、
 外への出方の違いで境界性、自己愛性と分類されているらしい。



 自分自身を認められず、
 自分の存在価値を見出せないのが認知のゆがみの根本。

 だからACとも共通する。

 だけど、
 自己愛性の表面的な特徴の項目だけを見て思い込む人は、
 根本を見ずに項目にあげられる「俺様」的な部分だけを見て、
 「人格障害だ」と思い込んだりすると誤解がはじまる。



 人格障害のもつ考え方のゆがみには、
 思い込みの強さと勘違いの関わりが大きい。

 

 だから、
 認知のゆがみのある人自身が自己中な相手を人格障害者認定してしまい、
 自分に認知のゆがみがあることを否定するパターンもたびたび見られる。




 AC家庭が7割8割といわれているなら、
 健全な家庭の人が少ない分、
 ACからくる認知障害も少なからず持つ人が多いのだとしたら、
 誰にでもどこかしらに認知のゆがみがあるのかもしれない。



 相手が人格障害かどうかが問題ではなく、
 認知障害が多いか少ないかが問題だと思う。

 仮に今、
 そういう部分を多く持つ人を引き寄せてしまっている状態にあるなら、
 そんな人をひきよせている自分自身に何かしらの問題があると覚悟したほうがいい。



 本当の自己中の人なら、
 自分さえハッピーなら他人がいようがいまいがどうでもいい部分があるが、
 自己愛やアスペルガーの場合は、
 相手を家畜や人形扱いしている(ターゲットを同等の人としてみなせず自分の欲求を満たしてくれるだけの存在にしかみられないという認知障害が強い)反面、
 自分に対しての過度の興味を求めるため、
 大抵の人間関係がうまくいかず、
 いつも自分の欲望を満たしてくれるターゲットを探しつづける。

 自分の自尊心を満たすためのターゲットを常に求めているのか、
 自分がただ楽しく幸せでいられれば他人のことなんかどうでもいいのか、
 そこに大きな違いがあるのかもしれない。



 どちらにしても、
 「ありのままの自分を受け止める」ことが必要。

 自分を好きになるのは、
 自分のいいところだけしか見ないナルシストとは違う。

 自分の弱い部分もありのまま全て受け入れると、
 実は怖いことが減って他人の評価も必要なくなる。



 自分に都合の悪いことは認めず、
 都合よく解釈をまげてしまうのが、
 人格障害という認知障害のクセにあるもの。

 本人が極端に社会的にうまくいかない場合は、
 (誰との関係も続きにくい・仕事や学校が長く続かないなど)
 こきおろしや自己卑下などから人格障害といわれるが、
 そこまでいかない場合は、
 気質はあっても「人格障害」ではなく、
 単なる考え方にクセがある状態。

 自分の考え方にクセがあるなと気づけば、
 いつでも修正できる。



 自分の考え方にゆがみを持たないためにも、
 自分の弱い部分も何もかも、
 全て受け入れたい。

 全て受け入れて、
 幸せを感じられる心を手に入れて、
 幸せを見つけよう。

 

 今ここにいることがかけがえのないことだから、
 生まれてきたことに誇りを持って生きていきたい。

 存在自体に意味があるのだから、
 生まれたことには大きな意味がある。

 それなのに一度も幸せを感じられずに死ぬのはもったいない。

 「自分の幸せ」を見つけることが、
 人生の目的なんだと思う。

 人生の目的がわからない人は、
 何が幸せなのかわからないだけなのかもしれない。

 人生は自分にとって良いようにしかならないのだから。

 今迷いがあっても辛さがあっても、
 少し先にある幸せのために必要だから、
 今を自信を持って生きよう。


 あのとき失敗したから、
 あのときうまくいかなかったから、
 あのときなくしたものがあるから、
 そのことが今の成功につながってるって思えることはきっとある。

 餅を食べたらのどにつまってしまっていたかもしれないから、
 食べられなくて良かったって、
 そんな感じ。

 未来にはきっとそう思えるよ。

コメント

コメントの投稿















管理人にだけ表示する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://sunnyplacejena.blog105.fc2.com/tb.php/229-629792dd

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。