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安らぎとやめること 

 安らぎってどんなときに感じるものだろう?と思った。

 安心感があるとき、
 リラックスしているとき、
 そんなときに「安らぎ」を感じる気がする。

 気持ちが追い詰められているときや、
 考え込んでいるときには安らぎを感じることはあまりできない気がする。

 鬱や悩みのときに追い詰められているように感じることが多いのは、
 その自分を追い詰めていると感じている「何か」を意識しているから。

 その「何か」を意識すればするほど、
 そのことで頭がいっぱいになってしまって出口が見つからなくなってしまうのかもしれない。

 自分の中で大きくなる「何か」が、
 人によっては「他人への不満」から人格障害的な考え方に結びついたり、
 反対に自責の念から「自己評価を下げる」結果に鬱になったりしてしまうのかな。



 誰でも本当は、
 安らぎがほしくて、
 自分に自身が持ちたくて、
 それを求めてもがいているのだと思うのに、
 それが見つからない理由を、
 自己評価の低下や他人のせいにしてしまえば、
 正反対の方向に行ってしまう。

 見つかるはずのものをわざと自分から遠ざけてしまうことになる。



 ACや人格障害の考え方のクセによく見られる「ためし行為」と同じなのかもしれない。

 本当は大事にしてほしくて、
 そんな相手を大事にしたくて、
 でも自信がないから自分への相手の気持ちを試すようにわざと相手を起こらせるようなことをしてしまったり、
 相手の気持ちを勝手にわかったふりして思い込んで、
 もうダメだと自分からぶち切ってしまったり・・・。

 安らぎを得るために、
 素の自分とは違う自分で正反対にがんばってしまったり・・・。

 今の自分には安らぎがないと感じていて、
 安らぎがほしいと願うなら、
 何かをやめる必要がある。

 がんばればがんばる程、
 安らぎは手に入らないのに、
 がんばって安らぎを手にいれようと思うから、
 どんどん遠回りになっていく。

 自分らしくない自分をやめてみるとか、
 まわりに何かを期待するのをやめてみる。



 安らぎの反対にある怒りって、
 自分や他人に対しての期待や不満からくるものがかなり多い。

 「自分がしたいことをさせてくれない相手がやさしくない」とか、
 「こんなことも出来ない自分が嫌い」とか。

 自分の理想を自分や相手に押し付けても、
 今の現状の自分や相手とはかけはなれていることが納得できなければ、
 それが不満から怒りに変わったりする。



 「自分が思っている『優しさ』の理想の姿で相手を見てしまうから優しくないと感じてしまったけど、
 相手は相手なりに自分には気を使ってくれている。」

 「こんなこともできない自分が情けないと思ってもこの姿が今の自分なのだから、
 背伸びして無理するよりも、
 少しでも早く出来る自分になるにはどうしたらいいのか考えよう。」

 そう思えたら、
 少しづつイライラや怒りが減っていく。

 全ての怒りを抑えるのじゃなく、
 必要のない怒りを少しづつ減らしていけたら、
 怒りが減った分だけ安らぎにできる。



 愚痴をいう数が多いほど、
 ありがたいと思う回数は減っていく。

 同じ内容のことに対して、
 「腹が立つ」と思うか「有り難い」と思うかを選ぶのは自分。

 対極にある感情を同時に選択することは難しいのだから、
 どちらかひとつを選ぶのなら、
 「腹が立つ」より「有り難い」と思ったほうがいい。

 怒りの元になるものも、
 「腹が立つ」と思うより「まぁいいか♪」と受け流せたら、
 その分、
 心静かでいられて安らぎに近くなる。



 「まぁいいか♪」と受け流せる人は、 
 他人に愚痴を言われても、
 「そこまで考えなくてもいいんじゃないの?そんなこと考えてるより別のこと考えない?」と受け流してしまうので、
 愚痴の聞き役には向かない。


 自分が怒りや愚痴をためこまない人は、
 他人の愚痴を呼び込むこともなく、
 心がかき乱されることもすくない。

 自分が愚痴や不満や怒りをためこんでいるから、
 愚痴や不満を言いたくてしかたない人を呼び寄せてしまうんだね。

 「この人なら私の苦しみをわかってくれる」と思うから、
 似たタイプの人に愚痴りたくなるものかもしれない。

 安らぎのある人は、
 平穏な人を引き寄せる。

 イライラすること、
 嫌なことをまずやめてみよう。

 どうしてもやめられないもの、
 たとえば会社関係とかは、
 「それを嫌だと思う考え方」をやめてしまおう。



 まずは自分の内面の弱い部分と向き合えば、
 他人の問題は後回しになる。

 自分の弱い部分を知れば知る程、
 他人の嫌な部分はどうでもよくなる。

 本当の愚かというものをしらないと、
 愚かだと安易にいえるものなのかもしれない。



 自分のよくない部分を知れば知る程、
 他人の矛盾点に気づいても、
 それ以上の感情にふりまわされることはない。



 安らぎを得るためには、
 他人に振り回されずにいつも穏やかな自分でいることが大事なんだね。



 自分が穏やかでいられれば、
 他人の言動にもイライラしにくくなるものだけど、
 人格障害的な考え方だと、
 他人が自分を怒らせるようなことをするから、
 自分には安らぎがないと思ってしまう。



 実際に「あなたが自分を怒らせるようなことばかり言う」と言われたことがあるけど、
 わざと怒らせようとして相手に何かを言う人は少ないと思う。

 聞いたことに対して思ったことを言っただけだったり、
 こんなのはどう?と良かれと思って提案しているだけでも、
 相手が「意見の押し付け」だと捕らえたりしてしまえば、
 言った側もそんなつもりで言ってる訳ではないとなれば、
 そこからすれ違ってしまう。

 意外と誤解でのすれ違いは多い。



 押し付けてるもりもないのに「押し付けてる」といわれたら、
 言ったほうは悲しくなるし、
 この人には二度と正直な気持ちを話したくないと思ってしまうかもしれない。

 人格障害の人は、
 本音で腹を割って話せる信頼できる相手を常に求めるように思うけど、
 実際に本音で話してくれる相手を自分からぶち切ってしまうのも彼らの特徴。



 安らぎを感じるのも、
 怒りとして受け取るのも全部自分の中の問題なんだよね。



 自分に不都合と思ったりするものの中に、
 自分がほしくても手に入れられていないものが隠されていることが多い。

 今手に入っててもおかしくないのにまだ持ってないと思うものは、
 自分が知らず知らずのうちに遠ざけてしまっていることが多いから。

 

 安らぎを感じたくても感じられないのは、
 自分が安らぐために必要な受け取り方をしていないから。

 せっかくの安らぎを、
 安らぎになりそうなことを、
 自分の不満や怒りで流してしまっているからかもしれない。



 怒りや不満をためこむ前に、
 そう思わなくていい「受け流し方」を探してみよう。

 安らぎは常にあるのに、
 自分が気づいてないだけで、
 気づいてないだけのことがたくさんある。



 トイレにいけること、
 ご飯を食べれること、
 喧嘩が出来ること、
 そんなことだけでも安らぎになる。

 そんな簡単なことでも、
 トイレもなければ、
 食べるものもなければ、
 相手もいなければ、
 全部できないこと。

 考え方のゆがみがなければ、
 何がゆがんでて何が幸せに近くなるのかも気づけないかもしれない。

 悪いことがあるから、
 良いことが引き立つことだってある。



 「そこにあるだけで奇跡=有り難し=有り難い」
 
 この言葉の通りに、
 もう一度周りのことを考え直して受け取りなおしたら世界はもっと変わる。



 英会話やその他のお稽古事のようにお金を出して習いにいかなくても、
 自分の考え方はどこからでも学べて変えられるものだから。

 お金を出して本や教材を買ってやったつもりで満足しちゃうよりも、
 もっと身近にある気づきのきっかけから、
 自分のなりたい姿を見つけたい。

 自分がなりたい、
 あこがれる人の姿勢や考え方をマネすることから、
 成功への道は開けるんだって。

 なりたい自分の姿が、
 ビジネスマンとしての成功者でも、
 幸せ感にみちあふれた人生感を持つ人でも、
 途中はそんなに変わらない。

 良いと思うものを積極的に取り込んで、
 オリジナルの自分になろう。

 自分にやすらぎをもつ人って、
 他人が見ていても安らげる力を持っているものだしね。

 誰かに癒されたいと言っている人のそばにいると、
 周りの人はつかれてしまう。



 誰かに癒しを求めて頼るのではなく、
 まずは自分が安らげる考え方を見につけよう。

 誰かに癒されたいと思うのではなく、
 まずは自分で自分を癒せるように・・・。



 ここに「自己責任」の本当の意味がある気がする。

 なんでも自分一人で意地をはってがんばることではなく、
 無理することなく自分のペースで、
 一人でも安らげる心穏やかな自分、
 人のせいにすることなく自分の問題として受け止められること、
 自然体でいつもいられること、
 それが自己責任=自己処理能力。



 怒りはガマンして制御するのではなく、
 自分が安らげることを増やしていくことで、
 反比例して怒りを減らしていく・・・。

 たったそれだけのこと。

 あふれ出た怒りを静めるのは大変だけど、
 怒ってしまう前の自分なら変えられる。

 怒る材料を常に探してしまうクセをやめてみよう。

 怒りをやめれば安らげる心が手にはいるのだから。

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