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百見は一行にしかず - 客家(はっか)の教え 

 いろいろな良き考え方は、ルーツをたどると古くから受け継がれているものも多い。

 その中には、日本人にもおなじみの言葉のルーツもある。

 「百聞は一見に如かず」もその一つ。

 100回聞くより1回見た方が早いという意味だけれど、
 実はこの言葉には続きがあったそうな。

 「百聞は一見に如かず
 されど、
 百見は一行に如かず」

 100回聞くよりは1回見た方が早いが、
 100回見るより1回行動した方がもっと良いという意味。

 これは中国に今も息づく「客家(はっか)」の教え。

 多くの偉人を排出してきた客家ならではの知恵がぎゅっとつまってる感じがする。

 あたりまえだけど、なかなか実践できない内容も・・・。

 これらのことひとつひとつを大事に過ごせば、
 必ず心も豊かになれる気がするね。

 真理は昔から何一つ色あせず、変わらずなんだね。

 これぞ本物の証!!




客家の教え

第一の教え
☆運は親切をした相手の背中から来る☆
出会いは決して偶然ではなく、頑張っている人間を必ず誰かが見ているのだ。
他人に親切にしても、その人から何か返ってくることはまずない。
しかし、その人の友人やそれを見ている人間が必ずいて、その人間から運を与えられる。
つまり、自分の運をコントロールすることは可能なのである。

第二の教え
☆許すことを知れば運命は変えられる☆
あなたの周りで起こることは、本来自分が操ることができることばかりだ。
すべては自分の責任である。
他人を責めても何も生まれない。
逆に、相手を許すことによってその心を開き、自分の思い通りに操ることができる。許すことを知れば、自分の運命を変えることができるのだ。

第三の教え
☆退却は重要な才能なり☆
100%確実などということはありえない。
本当のリスクは見えないので、退却も重要な才能。
しかし、リスクだと思っていることの大半はリスクではない。
そして、金儲けとはリスクをコントロールすること。
他人と自分に見えるリスクは違うので、そこにチャンスが生まれる。

第四の教え
☆何を始めるかに最も時間を費やすべし☆
大局・中局・小局。
一度始めてしまうと、できることはどんどん限られてくる。
何を始めるかを考えるために、最も多くの時間を費やさなければならない。
大局さえ正しければ、中局や小局でまちがいを犯しても、必ず成功するのだ。

第五の教え
☆ビジネスには大義名分が必要なり☆
大義名分を大切にせよ。
世の中に他人の金儲けを手伝いたい人間などいない。
また、金儲けをしたいだけの人がどれだけ集まっても、ビジネスは発展しない。
だからこそ、「錦の御旗」を探すのだ。

第六の教え
☆準備していなかったチャンスはリスク☆
時間を追いかけろ。
時間に支配されるな。
そして、時間には正確に。
なぜなら、幸運は突然やってくる。
そのための備えを怠るな。
準備が整っていないときにやってくる「チャンス」は「リスク」に変化するのだ。

第七の教え
☆小さい約束こそが重要なり☆
細かい約束をきちんと守ること。
大きい約束を守るのは当たり前。
小さい約束を相手の立場に立って誠実に守るかどうかで、その人の信頼性が決まる。
一度信頼関係を築けば友情は永遠に続く。
そして、その揺ぎない信頼関係が成功の礎(いしずえ)となるのだ。

第八の教え
☆家族を蔑ろにする者は成功せず☆
家族を大事にする。
あなたをこの世に誕生させたのは、あなたの両親だ。
どのような人々とも交わるのは簡単だが、相手を選ぶのは難しい。
それでも、しっかりした人物と一度信頼関係を築けば、友情は永遠に続く。
この友情は、客家とそれ以外の人々との壁すら取り払うのである。

第九の教え
☆お金に使われず、お金を働かせるべし☆
お金に使われず、お金を働かせるべし。
成功するには、周りの人々に気持ちよく働いてもらうことが重要。
人に振り回されているようでは、成功はおぼつかない。
お金も同じで、お金に使われているようではだめ。
お金に気持ちよく働いてもらうことこそが重要なのだ。

第十の教え
☆五十人の仲間が成功の核心となる☆
50人の仲間が、自分の手足となってくれることが、成功の鍵となる。
運は実力である。
運は、人間が運んでくるのだから、他人とどのように接するかによってその人の運が決まる。
「運を呼び寄せる人には共通の特徴がある」=複利計算的思考。
50人の仲間を複利計算的思考で最大限に活用するのだ。

第十一の教え
☆金鉱ではスコップを売るべし☆
金鉱ではスコップを売るべし。
アメリカのゴールド・ラッシュで、大きな金脈を掘り当てて成功した人は、実際にはごくわずかである。
しかし、ゴールド・ラッシュに浮かれている金鉱で逸早く彼らにスコップを販売した業者は、全米有数の企業に成長した。

第十二の教え
☆安売りには必ず終わりがやってくる☆
安売りには必ず終わりがある。
価値を創造せよ。
安売りで規模を拡大するのではなく、たとえ規模が小さくとも、
高い利益率こそ確保すべきなのである。

第十三の教え
☆嫉妬は成功の敵、愛嬌は成功の素☆
商いに成功する者には必ず愛嬌がある。
嫉妬は成功の敵。
勝ち馬に乗れ。
運もお金もさびしがり屋なのである。
ひとりぼっちは嫌いだから、みんなのいるところに集まるのだ。

第十四の教え
☆物事は因数分解して考えよ☆
すべての物事は、因数分解して具体的に考えよ。
すべてのことを一度に解決しようとしてはいけない。
難題が次から次へとやって来るときにこそ、立ち止まって、じっくり問題を整理するのだ。
一度に二つのことはできなくても、一つずつなら必ず解決できることを忘れてはいけない。

第十五の教え
☆汗ではなく考えることこそが富を生む☆
考える時間はあるか?
考えることこそが富を生むのだ。
だから、ただ仕事をこなしているだけでは金持ちにはなれない。
世の中を動かすようなアイデアを生み出すことこそが重要なのである。

第十六の教え
☆笑顔はコストゼロの最良戦略☆
いつも自分はハッピーだと考えよう。
笑う門には福来る、だから、いつもニコニコしている人が金持ちになる。
逆に、自分の感情をコントロールできない人間は金持ちにはなれない。
一日の怒りを忍んで、百日の憂いを免れるのだ。

第十七の教え
☆「ありがとう」は必ず声に出すべし☆
「ありがとう」は必ず声に出していう。
そして、普通、人が「ありがとう」といわないときにも「ありがとう」といえるようになるのだ。
こうなれば、自分の応援団が増え、他人をどんどん巻き込むことができるようになる。

第十八の教え
☆欲望に忠実になるためにこそ禁欲的に☆
欲望に忠実だからこそストイックに生きる。
欲望は他人を遠ざける。
自分の欲望を満たすためには、まず周りの人間の望みを満たして、幸せにしてあげなければならない。
そうすれば、今度は周りの人間が、あなたの望みを満たしてくれるのである。


その他の教え
事を起こす前に、まず人間であれ。
早起きしないと、一日が台無しになる。
早く学ばないと、人生が台無しになる。
人は低きに流されがちだが、高きを目指さなければいけない。
読書こそ、唯一の道。

自分の子を叱れば、近所の子が育つ。
兄弟と仲良くできなければ、他人との良い関係を結べない。
教育こそが最大の貢献となる。
おしゃべりを減らせば、借金をすることはない。
先祖の畑は売ってもよいが、先祖の教えは失うな。

大事は小事に、小事は無しに。
隣人に親切にしてもらっても、その人にだけにお返しせず、その分別の隣人に親切にしなさい。
嫉妬は成功の敵、愛嬌は成功の素
商いに成功する者には必ず愛嬌がある。
勝ち馬に乗れ。

運もお金も淋しがり屋である。孤独が嫌だから皆のいるところに集まるのだ。
口添えしても金添えするな。
信じても信じ込むな。
一度おいしい思いをしたところには二度往くな。
友達と兄には金を貸してはいけない

山にはまっすぐな木はない。世の中にも真っ直ぐな人はいない。
勉強するときは勉強に専念せよ。
苦労して稼ぎ、楽しく金を使え。
百聞は一見に如かず。されど百見は一行に如かず。
狼多くして人を食い、人多くして狼を食う。

山中に虎無ければ、犬も王を称す。
兎は巣穴のまわりの草を食べず。
利口な嫁は米なき粥作れず。
人を迎えられぬ者は人に迎えられぬ。

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不安は良い。されど、不満は悪し。 

 ある理由があって、しばらくここから距離を置いていたところ、また書き始めようと思えるきっかけと出会えた。

 きっかけを下さり、ありがとうございます。



 はてさて、閑話休題・・・。



 たまたまふと目にとまった内容があった。

 不安があるのは良いことだが、不平不満は駄目である。
 不安がある人は、不安をなくす為に自分自身で努力し考えるきっかけに恵まれた人。
 ただし、不平不満しか言わない人は、何事も周りのせい、人のせいにする人。
 もし、不平不満を言う人から相談されても、できれば聞かない方がいい。
 どうしてもきかなくてはならない場合は、聞いてあげて、軽くうなずき、その時はただ、同感するだけでよいのだ。
 なぜなら、不平不満を言う相手は、その時、いくら相談にのっても、アドバイスしても、結局それを聞き入れない。
 自己中心的状態になっている人だから。



 不安があるということは、決して悪いことではない。

 新しい自分に拡張できるチャンスと出会ったということでもあるのだから。

 その不安につぶされない様、必死に耐えようとしたり、なんとか乗り切ろうと、
 自分なりに工夫したり、前を見据えようと努力をする原動力になる。

 不安という名前だから、「安心ではない=心が安らかならず」 で怖くなるのだ。

 だから不安は怖くて当たり前なのかもしれない。

 怖くなくなったら、それはもう不安とは呼ばないものね。

 とくにこの先どうなってしまうのか、先が見えないと気が気でない。

 心が穏やかでないと、体はそれに素直に反応して、
 心拍があがったり、不眠になったり、食欲不振になったり・・・。

 よくよく思えば、なんと自分の心に忠実なことなんだろう!

 不安でどんなに体がぼろぼろになっても、それでも最後まで自分自身を見捨てることはしない。

 心が自分自身を見捨てない限り、体が心を見捨てることはしない。



 自分の心が自分の体を見捨てて殺すようなことさえしなければ、
 いつでもチャンスはやってくる。



 ある時、ニック・ブイチチさんという方の存在を知った。

 生まれた時から身体に不自由があるにも関わらず、
 その生き方は、
 誰よりもひたむきで素敵だと思った。

 ニックさんは世界中で、
 未来について心に語りかけているそうで、
 その話の最後にはいつも、
 「Never,ever,ever give up!!」


 縁は水ものだから、
 あきらめた人の心にはあきらめるだけの縁が、
 あきらめない人の心には最上の縁がやってくる。

 いろいろ不安も多いけれど、
 なんとかしていこう!!そんな気持ちを持っていれば、
 あきらめない気持ちがたくさん集まってくる。

 あきらめない、
 全ては自分からw
 


 成功している人、魅力的な人、一緒にいたいと思う人は、
 どの方も、不平不満、愚痴、陰口を絶対に言わない。

 でも、その人たちでも不安はきっとある。

 最初は不安だったかもしれないけれど、不安と向き合って、不安をなくす為にどうすればよいか、
 考えて行動ができる人なのだと思う。

 全ては、
 行動して体験してはじめて自分の身になるもの。

 不安をチャンスにかえてみようw

 それが行動への第一歩なんじゃないかなって思う。

前向きの「前」というのはどっちの方向? - I'll do everything I can. 

 Q 「前向き」の前ってどっち方向?

 よく、
 前向きじゃないとか、
 後ろ向きな考えだとか、
 本人は前向きなつもりだが周りからみたら逃げてるだけだったりとか、
 「前向き」って本当に難しいと思う。

 前向きさんが集まるところをのぞいてみても、
 「ぇ~?」と思いたくなる「自称前向き」さんの「前向き?発言」もあったりして、
 謎が多いなぁと思っていた。

 自分で前向きというだけじゃ前向きにはならなくて、
 かといって前向きと思わないと前向きになれないわけでもなくて、
 何が違うのかと考えていたけど、
 それが見えた。

 自分で「前向き」と意識しないとなれないものではない、
 自分で意識しなくてもなれる。

 どうしたらなれるかって普通は考えることが多いけど、
 そんなこと考えてもなれない。

 さて、
 じゃあ、
 どうしましょう?

 前向きにきらきらしていると思う人をよ~く観察してみてきた結果は・・・。



 「よぉく考えよぉ~、
  それは大事だよぉ~。」



 気づいたことは、
 前向きな人は無駄に群れない。

 周りに人は集まってくるけど、
 「無駄に群れない」

 「無駄に群れない」=周りに依存しない

 「無駄」というのが境界線かもしれない。

 人はたくさん集まるけど、
 前向き力の強い人は、
 その人たちに依存しない関係が成り立ってる。

 自分が見えてる人のもとには自分が見えてる人があつまるから、
 お互い独立しててお互いを尊重できている結果、
 依存しなくていい程良いバランスの関係ができあがる。



 前向きに生きたいといいつつも悩みつまずいている人を見ると、
 自分と同じような悩み多き人と群れている。

 周りの人を見ると、
 お悩み相談仲間・痛み分け仲間がまわりを取り囲んでいる。

 その中で、
 「自分だけじゃない」という気持ちを共有する関係に依存しているのが浮き彫りになってくる。

 周りの「自分に近しい人」から、
 良い情報を聞き出そうと右往左往している様子がはっきり見て取れる。

 それでは望むように何も変えられない。



 仲間意識が強いと、
 先に誰かに良い方向に行かれると、
 自分は枯れた落ち葉のように感じ、
 相手の行く先を否定してでも引き留めるかそこにすがろうと、
 「ぬれ落ち葉状態」が発生する。

 第三者から見てるとはっきりしていることが、
 当事者にはまるっきり見えない。

 悩みとは、
 靄の中をさまようようなもの。

 まさに暗中模索。

 自分一人でなんとかできないと思うからこそ、
 誰かと手を取り合いたい。

 手を取り合った途端、
 自分の重荷をわけるかわりに、
 相手の重荷も受け取ってしまうことは忘れちゃってる。

 50/50の関係にしてバランスを取ろうとするのが普通の心理。

 受け取った荷物が重たいほど、
 相手にも重たい荷物を返す。

 コミュニティや掲示板などの手軽で気さくな集まりだとしても、
 例外はない。



 気軽に受け取ってもらっちゃダメだし、
 受け取ってもダメなのだ。

 重たい荷物を渡すとしたら、
 相手を選ばなくてはならない。

 爆弾処理の専門家か、
 処理する方法を知る人でないと、
 荷物は逆に増えていく。



 前向きは、
 自分を前向きだと無理に思いこむことはしない。

 自然な自分が自然に「前」を向いている。



 さて、
 その「前」という方向ってどっちだろう?

 前向きになりたいけれどなれない人の「前」は、
 なりたいという願望だけの方向

 前向きな人の「前」は、
 実現していく現実の方向



 本当に前を向いているのかどうかは、
 その人のまわりを見るととてもわかりやすい。

 その人のまわりに「依存気味の仲間意識」を持つ人や環境があるとしたら、
 その人の「前」は、
 願望だけを夢見る「前」なのだ。



 自分一人ではなんとかできない、
 これが明暗を分けている。

 自分の人生、
 自分の力でどうにかできないことは何一つない。

 自分の思い通りにならないことが、
 自分の力でどうにかできないこととイコールではない。

 思い通りにならないことだったとしても、
 それすらも自分の力でどうにかできる。

 自分が納得さえできれば、
 自分のことならば自分でどうにかできる。

 どうするかは本人に選択する自由がある。

 できないとしたら、
 自分が「できない」と自らリミッターをつけて、
 納得できないでいるからだ。



 考えすぎてるって他人からは簡単にわかっても、
 本人はちっとも気づけない。

 それは、
 考えて考えて考えてある程度いった時、
 はじめて「考えすぎてた」と気づくことができるものだから、
 そこまでいってない状態なら、
 本人が「考えすぎだ~」と認識できないんだよね。

 自分のことって、
 実は一番わからないものだから、
 一番難しいのだ。

 わからないとわかれば、
 単純なんだけどね。

人格障害 - 境界性人格障害 

 境界性性人格障害タイプとは・・・




 現実と幻想・妄想・理想の境界をさまよっているような状態。

 「どれが本当の自分かわからない」

 「極端に理想化する」か「極端にこきおろして否定する」かのどちらかになりがち。
 (気分が良い時はほめたたえ、期限が悪いと悪口をまくしたてるなど。好きといったり嫌いといったりころころ変わる。)

 周囲の人から見捨てらえるのではないか・相手と自分との相違がわからないという不安感を抱えて生きている。

 激しい怒り、孤立感、空虚感、抑うつ、自暴自棄、虚言、作り話、不幸な生い立ちを語る、仮病、同情を誘う。

 自分がないため、常に他人の評価が「自分の評価」である。

 「死ぬ死ぬサギ」に代表されるように、試し行為をすることが多い。

 「もう死ぬ」「別れる」「辞める」といったような言葉で、ぎりぎりの「寸止め」になるような行動を何度も起こし、その都度「心配」してくれる人の反応を見て、自分の存在価値を確認する。
 (たとえば、手あたり次第に「これからどこどこで何時間後に死ぬ」といったような予告電話を掛けるなどする。)

 例え「死ぬ」といわれても、冷たいようだが「相手にしない」のが振り回されない最善の方法で、巻き込まれてしまった場合は、医者などの専門家受診を勧め、後は「あなたの問題だ」と本人に問題を返す。

 相談に乗るなどして深入りしてはいけない。

 「自分はこれだけ不幸だった・辛かった」という話が高い確率であるが、「大変だったのはわかった。で?だから何が言いたいの?あなただけが辛い目にあってるんじゃないよ。」という態度を忘れると、引きずり込まれる。

 「変わりたい」「苦しい」「辛い」と言葉には出すが、その解決策を提示しても決して実行に移すことはない。

 自分の問題を他人に肩代わりさせたがる。

 「人は人(その人の問題)、自分は自分(自分自身の問題)」が理解できない。

 周りが変わることばかりを望み、まわりに対して嘆き続けるだけで、自分を変える気は全くない。

人格障害 - 反社会性人格障害 

 反社会性人格障害タイプとは・・・

 ・興奮依存症
 ・ネーミングから誤解されがちだが、非社交的なのではなく、人とわいわい騒ぐのが好きな人たち
 ・薬物・セックス・過激パフォーマンスなどの刺激的なものをこよなく愛する
 ・社会的ルールに無頓着
 ・退屈を憎み、ちょっとした刺激と欲望が満たされることを望む
 ・誰とでも仲良くなるが、他人を受け入れることはない
 ・遊ぶ以外は静かでおとなしいが、遊ぶ時にはすさまじいエネルギーを発揮するため、見ている側はジレンマ(矛盾)を覚えやすい
 ・他人からみて、全人格障害タイプの中で一番魅力的で刺激的で一緒にいて楽しい
 ・「信頼」を求めたら手痛い失望感を味わうハメになる
 ・将来何かをやらかすのかは、過去の履歴を見れば比較的わかる



 現実逃避的なものへの依存性が強い。
 ギャンブルやアルコール・買い物依存といった中毒性があるのを好む。
 「反省した」といいつつも、「自分が楽しい」と興奮したり感じられるものを求めるため、何度も同じことを繰り返す。
 依存のものから「もうやめる」といった態度や、「反省した」という言葉は根本が訂正されない限り、全くあてにならない。



 参考
 「あの人はなぜあなたを疲れさせるのか」アルバート・J・バーンシュタイン著

人格障害 - 強迫性人格障害 

 強迫性人格障害タイプとは・・・

 ・安全中毒症
 ・あらゆることについて、こまかいところまで周囲に目を配り、完全に自己制御ができることが当たり前と考える
 ・森にはありとあらゆる木々がうっそおと茂っているいるため「とても森に見えない」と考える『肛門性格』※下記参照
 ・些細なところに異常にこだわる
 ・彼らにとって「心の中の葛藤」が最重要事項
 ・自分の意見を押し通すためなら、他人をコントロールしたり、それに反する相手を傷つけることを躊躇しない
 ・このタイプとつきあう時には、意思決定までの長い時間を待たなくてはならない
 ・些細なところへの意所なこだわりのおかげで、反社会性がひっかきまわしかねない世の中の秩序が保たれているといえる面がある



 「マニュアル」「常識」などにとことんこだわって生きるタイプ。
 学歴や公務員など、ブランド思考も強い。
 自分の常識が絶対であり、「自分の常識は世界の常識、自分にとっての非常識は世界中でも非常識」。
 自分の意に反する者は「非常識者」とみなされることが多い。
 意見を聞いてもはっきりとした返事がなかなか来ないが、それを待たずに物事を進めると非常に怒る。
 自分でコントロールや支配が出来るかどうかにこだわる。(物事の中心にいて自分に全ての決定権があるかどうか)
 しきりたがりのため、『しきり魔』『~将軍』『○○奉行』になりやすい。
 少しのミスも許せない。
 完璧主義で融通が利かない。





 参考
 「あの人はなぜあなたを疲れさせるのか」アルバート・J・バーンシュタイン著

 ※はてなキーワード 肛門性格とは?
  精神科医フロイトが提唱した精神分析の用語
  几帳面、きれい好き、倹約、頑固、強情、責任感が強いなどの性格特徴のことをいう

人格障害 - 自己愛性人格障害 

 自己愛性人格障害タイプとは・・・

 ・自分が世界一賢く、才能に恵まれていて、すべてにおいて最高の人間だという壮大な幻想にすがって生きている
 ・自分が他の人よりすぐれていると考えるだけではなく、他人は元々眼中にない
 ・自分の頭の中の世界における「伝説の偉人」のごとく存在している
 ・他人が普通にしたがっているのルールに彼らが従うと期待してはいけない
 ・厚顔無恥で大胆不敵
 ・利己的
 ・自分の利益と相手の利益が一致している限り、相手を自分と同じくらい立派な人物だと認める



 自分にとって利益があるかないかが関心事。
 「俺様一番・世界の中心」
 自己中心的なルールに従うため、世間一般的に他人が従うルールも簡単に無視する。
 利益がある相手はほめちぎるが、自分の地位を脅かすものや利益にならないと感じた途端、相手をこきおろす。
 自分が理解されないと感じた場合、「自分を理解できる程賢い者がいないから仕方ない」「愚か者には自分の価値はわからなくて当然だ」と認識する。
 女性より男性に多いと言われる。





 参考
 「あの人はなぜあなたを疲れさせるのか」アルバート・J・バーンシュタイン著

人格障害 - 演技性人格障害 

 演技性性人格障害タイプとは・・・

 ・人から注目され、人に認められたい
 ・行動はドラマチックで一種のショーのようであり、本心からやっていることではない
 ・自分と正面から向き合えない
 ・自分の行動の本当の動機を自分自身の目から隠す達人
 ・自分は間違いや過ちをするはずがないと心から信じている
 ・自分が助けたいと思う相手にだけ「いい人」になるため、この点を追求するとひどい目にあう
 ・このタイプを相手にすると、全てが思うように進まなくなる
 ・故意に相手をだましているのではなく、常に自分の真意をごまかすために行動しているため、「相手の演技」だということを理解しないと、とんでもないしっぺがえしを受ける



 自分の「理想」「願望」を演じるために必死になっている自分には気づいていない。
 「いい人」などを演じている自分が本当の自分だと思いこむ、また、相手にも信じさせようとする。
 自分の望みの姿を「演じる」ために発生する矛盾は見てみないフリをするため、そこを指摘されると言い訳を駆使したり、逆に指摘した相手や世の中が悪いと逆ギレする。
 シンデレラやお姫様願望といったものが極端に強い。
 誰からも嫌われずに、みんなに好かれたいと願うため、自分の理想に沿って模範的にいようとするが、現実とのギャップには無関心。
 男性より女性に多いと言われる。 





 参考
 「あの人はなぜあなたを疲れさせるのか/アルバート・J・バーンシュタイン著」

人格障害 - 偏執性人格障害 

 偏執性人格障害タイプとは・・・

 ・偏執性(パラノイア)の魅力は、妄想や度が過ぎた心配性の裏にある純真さ(純粋で一途)
 ・目的は「真実」を知り、あらゆるあいまいなものを人生から消し去ること
 ・物事の裏にある隠された意味や現実の置くにあるものを見る
 ・確固とした信念に基づいたルールに従って暮らす
 ・起きて破りがいないかつねに警戒し、少しでも逸脱する人を見つけ出す
 ・彼らが正しいと確信する掟に従っている限り、周りは安全に守られるが、一旦掟破りの疑いをかけられると、恐ろしいことが待っている
 ・自分が他人にやったことが、自分に返ってくるとは理解していない
 ・物質を動かしている目に見えない力のセオリーと、この世界を乗っ取ろうとしている見えない侵入者との区別ができない、まるで異端者を磔にする狂信と紙一重である
 ・何か隠していることがあれば必ず見つけ出す
 ・彼らから自分を守るには、一度だけ真実をさらけ出したら、それ以上の尋問には答えないのが得策



 数字などに細かくこだわる。(昨日の走行距離と今日の走行距離を比べて、何キロ差だからいける圏内はどこまでであり、どこへ何しにいったのか?と、いちいち細かいことにこだわり、問いただすような行動をする。)
 一定の決まった行動などをかることにこだわる。
 常識・ルールなど、自分が納得して決めたものにきっちりと従い、また、自分の従うルールからはみだしたことをする人を徹底的に探しだす。
 重箱の隅をつついたり、部屋のすみにあるほこりを指摘するような部分が強く、とにかくこまかい。
 アスペルガーなどとだぶって見える特徴感がある。
 嘘や矛盾に敏感。





 参考
 「あの人はなぜあなたを疲れさせるのか」アルバート・J・バーンシュタイン著

人格障害全般の特徴/人格障害と精神障害の違い 

 人格障害と精神障害はよく混同されがちだが、簡単に言うと次のような違いにわかれる。

 自分の精神が病んでいる人たち = 神経障害者・精神病患者
 他人の精神をおかしくする人 = 人格障害者

     「あの人はなぜあなたを疲れさせるのか」アルバート・J・バーンシュタイン著

 以上のことから、
 神経障害者・精神病患者とは、精神状態が不安定ではあるが、他人を振り回す程ではなく、他人には精神的影響の少ない状態
 人格障害とは、自分自身の認知(考え方)がゆがんでいることを認識できず(自分が正しい・自分は被害者)、また、他人をふりまわすなどの行動化で他人の精神に過干渉する状態
 と言える。

 アスペルガーなどの発達障害にも似たような状態が見られることもあるが、発達障害の場合は「認識や感覚がずれてる感じがある、そういう個性の人」なだけで、他人をふりまわすようなことにはなりにくい。

 アスペルガーの人などが、他人の細かい部分にまでこだわるのは、他人を支配したいのではなく「単に自分が納得できていない・自分のペースを他人に乱されたくない」だけである。

 たとえアスペルガーなどの発達障害であっても、自分のペースを他人に乱されることに我慢がいかず、「相手を自分の思う通りに『変えたい』」と思って行動した時点で、人格障害的な考え方が出ているのかもしれない。(これが重ね着症候群と言われる要因かもしれない。)

 発達障害は特殊な感性の持ち主と見られがちだが、本人はその感性にあまり疑問を持たずに自然でいられるが、人格障害がある場合は、他人をも自分の価値観で支配しようとしたり自分の価値観を他人の中に見出そうとするので「常に自分がないか偽っている」。



 ○人格障害とは(アメリカ精神分析学会診断マニュアル 1994年 より)

 ・自己、他者や出来事についての認識や解釈の方法
 ・感情的反応の起伏、激しさ、柔軟性、適切性
 ・人間関係
 ・衝動抑制
 
 個人の社会性として期待されるところから著しく逸脱した精神性や行動の永続的パターンが、少なくとも上記2つ以上にまたがってあらわれている。



 アルバート・J・バーンシュタイン氏は、この人格障害と呼ばれる性向を持つ人を「心の吸血鬼」と呼んでいる。

 心の吸血鬼とは、人格障害まで病的ではないものの、人格障害の思考や行動パターンを持った人たち。

 人格障害者予備軍、または、判定されていない「隠れ人格障害者」が心の吸血鬼と呼ばれている。



 ○心の吸血鬼の特徴

 ・「心の吸血鬼」は、他人の感情のエネルギーを吸い取る。
 ・他人をいらいらさせるだけではなく、人の心を操る。
 ・守るつもりのない約束を繰りかえし、頭を混乱させ、人を思いのままに動かそうとする。
 ・他人を魅了し、そのあとぼろぼろにする。
 ・知り合ったばかりの頃は、明るく、才能に恵まれ、魅力的で、「いい人」に見える。
 ・期待すればするほど裏切られることも多く、いつしか自分が奪われる側に追い込まれる。
 ・他の人とは違った視点で世の中を見る世界認識を持つ。
 ・「大人になりたくない」という願いと到達不可能な目標を追求する
 ・自分一人だけが全ての人から100%注目を集めたいと切望する
 ・自分は完璧に愛されたいが、見返りを求められることは許さない
 ・刺激的で面白いことばかりを望み、退屈なことや面倒なことは誰か他の人に肩代わりさせる
 ・外見は大人だが、中身は赤ん坊
 ・未熟なままでいたい・不可能な目標を追求することが行動の動機であり、それ現実化するのが彼らにとって世界で一番大切なことだが、そのことを彼ら自身は自覚していない。
 ・恐ろしさに気づくのは、自分自身が彼らにぼろぼろにされ、彼らがいなくなった後である。



 「他人をコントロールしようとするかどうか」が、分かれ道になっている。

 基本的に全ての人格障害は心が未発達のまま大人になった状態のため、自分に自信がなく、自分の生き方すらも持ってない。

 他人の評価にすがり、人からどう見られるかを常に気にしている。

 相手の一言に一喜一憂し「気に入られよう」と合わせようとし続けるため、相手によってころころ変わって見える。

 自分の意見があるようで「ない」。

 自分は常に誰からも受け入れられたがっているが、受け入れられないのは「相手が悪い」からという姿勢のため、「自分を変えたい」と思っても、絶対に変えようとはしない。



 注意しなくてはならないのが、人格障害の持つ特徴的な性質に該当したとしても、その人が人格障害者なのではなく、「該当した部分があってあたりまえ」だということ。

 誰もがいずれかのタイプの「人格障害的な性質」を持っている。

 持っている性質は、人によっては1タイプかもしれないし、2~3タイプの人格障害的な性質を持っている場合もある。

 性質を持っていても、こまめに「自分自身と向き合う」ことで、ある程度修正されるため、大多数の「普通の人」たちは「認知のゆがみ(極端に偏った考え方)」にまで至らない。

 悪化すれば誰もが「人格障害になりうる」ということ。

 自分には「考え方がゆがみやすい部分がある」ことを踏まえて、予防のために気をつけてたり、修正すれば人格障害にならずに済む。

 人格障害は、「自分は正しく、自分に反するものはおかしい」という考え方を押し付けてくるため、NOと言えない人などは振り回されて洗脳されやすい。

 人格障害の独特な考え方と理解した上で接しないと、「自分が人格障害」になってしまう可能性が高く危険。



 人格障害的な独特の考え方や受け止め方をしないように心がけていくことで、人格障害とは反対に幸せになろうとする考え方で生きられる。

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